■ 歌手デビュー最年長ギネス記録!? 〜波乱万丈の人生から、生き方のヒントを得よう!!
学校に通っている方なら、必ず 学年文集や卒業アルバムに「将来の夢」という項目があったと思います。どんなことを書いたか覚えていますでしょうか?
さっそく見ていきましょう。
≪小さい頃に夢見た将来なりたい職業の上位は?≫
結果は ダントツで「歌手」は毎年TOP10に入るそうです。
今はカラオケ産業の発展に加え、練習場所もたくさんあり、録音面や環境面はとても恵まれているでしょう。
しかし
現実を見ると年齢面や世間体など挫折の要素がつきまとい、音楽業界の残酷ともいえる超氷河期に いつの間にか夢がすり変わってしまいます。
そんな悲観的な日常を吹き飛ばすような伝説の歌手がいました。
景色は、見渡す青空、すみわたる雲、綺麗な海、広大な自然。
そこは日本列島はるか南の島。
奇跡のおばあちゃんを発見しました!!
沖縄県石垣市内の住まいに貼ってあった1枚のポスター。
よ〜く見ると・・・

ポスター写真(クリックして拡大)↓ ※ 中央の方に注目!

≪座右の銘≫
・彼女の生き甲斐は唄って人を喜ばせること。
・さらには誰の頭の上にもいるという“カミサマ”を喜ばせること。
・唄って唄ってヒャクハタチまで生きること。
・・・
アーティストの公式サイトには
≪Biography(バイオグラフィ)≫というコンテンツが必ずあります。
「意味」
1、伝記・一代記
2、伝記文学
・でんき 【伝記】
(1)個人の生涯の事跡を書いた記録。
「偉人の―」
(2)記録されて伝えられているもの。記録。
例として
「TOY'S FACTORY(トイズファクトリー)」に所属する「BUMP OF CHICKEN(バンプオブチキン)」の伝記を簡単にまとめてみました。
千葉県佐倉市で中学3年生の時に
・藤原基央(ふじわら もとお)(Vo&G)
・増川弘明(ますかわ ひろあき)(G)
・直井由文(なおい よしふみ)(B)
・升 秀夫(ます ひでお)(Dr)
の4人で結成。
BUMP OF CHICKENというバンド名の意味は「弱者の反撃」。
「天体観測」を大ヒットさせ一躍全国の若者のカリスマ的存在に。
2002年2月にリリースされたメジャーファーストアルバム『jupiter』はオリコン初登場第1位を獲得。
同年夏、BUMP OF CHICKENの楽曲の世界観・メッセージをもとに制作されたドラマ「天体観測」(フジ・関西テレビ系)が放送され、劇中にて数多く彼等の楽曲が使用されました。
2003年3月、初の映画主題歌(ワンピース)楽曲となる「sailing day」をカップリングの「ロストマン」とともに両A面でリリース。
・・・
以下は 書くまでもなく現在のご活躍の通りです。
いっぽうで
≪「ナミイおばあ」の伝記「Biography」(バイオグラフィ)≫は
・1921年(大正10年) 石垣島新川に生まれる。
・1926年(6歳) 母、他界。
・1926年 従姉妹とともに那覇の辻の料亭に売られる。
・1935年 (15歳) おじに買い戻されて、父と継母のいるサイパンへ。沖縄からやってきた劇団の役者と恋に落ち、家を出る。
・1941年 (21歳) 同じ石垣島出身の男性と見合い結婚して台湾へ。夫が出征し、台北郊外の北投温泉で芸妓として働く。
・1946年 宮古島経由の引き揚げ船で石垣島に帰る。
・1947年〜1956年 結婚を解消。家族を養うため、料亭で三線を弾き始める。客で来た博労の男性、太郎と出会い、断りきれずに二号さんに。その後、1950年代初め、密貿易でにぎわう与那国島へ。
・1957年 (37歳) 長女誕生。娘さんを連れて那覇に移る。最初は小さな飲み屋の三線弾き、やがて引き抜かれて、国場幸太郎の義母が経営する「松花亭」で働く。
・1961年頃 (41歳頃) 大道の上地シゲさんの家に間借りし、料亭で働きはじめる。この頃、山里勇吉、大浜安伴といった八重山民謡の名手たちと交流。
・1970年代初め この頃、病気になった本妻さんを自宅に引き取り看病。最後は看取る。
・1977年頃 (57歳頃) 病床の太郎のたっての希望で石垣島へ。(十年近く寝たきりの太郎の看病)美崎町のスナックで働き、その後、自らもスナック経営。その後は、民謡酒場で唄三線のアルバイト。
・1990年頃 (70歳頃) デイケアセンターや民謡酒場で遊ぶ老後に突入。
・2002年 (82歳) 姜信子と大田静男と出会い、以降「老後の花」人生を驀進中。
・2003年12月 石垣島にて初独演会。CDデビュー。
・2004年4月(85歳) 自分を主人公としたドキュメンタリー映画の撮影が始まる。
・・・
あなたはこの記録を読んでどう感じましたでしょうか?
尊敬するところは、
「ナミイおばあ」はどんな過去があろうとも、つねに前向きに
笑顔を絶やさず
全力で今を生きていること
とても辛い半生だったと思いますが、決して
自分の過去や苦労話に興味はないところです。
初めての独演会を生まれ島の石垣島で行なったのは83歳のこと。
独演会(どくえんかい)とは、今でいうワンマンライブ。
どう考えても
波乱万丈の人生としかいいようがありません!誰もマネできません。
偶然にも同じ大正10年生まれの祖母がいますが、
・年齢からくる老眼(目が見えなくなる)
・肩や膝や腰の痛み(遠くに出かけたくなくなる)
・難聴(耳が聞こえにくい)
・平均寿命を超えているという死との恐怖(いつ死ぬのかわからない)
最後に「1番つらいこと」として教えてくれたのが、
・近所の仲間や友人の死
(昔からの付き合いだった友人が亡くなると自分も早く死にたいと思うそうです)
「長生きしましょう!」とはよく言いますが、現実問題として長生きしたら したで、周りに誰もいなくなって孤独死してしまう人もいるのです。
それだけ周囲の環境や支えが大切なのです!
そんな不安や寂しさや絶望と常に闘いながら生きていますが、それでも決して自殺なんてしません!
なぜなら
戦争を体験して
命の大切さを知っているからです!!
飢えた貧しい生活をして、
家族や友人を失い、血も涙も枯れ果て
爆弾やミサイルが落とされる中、
身を守るために防空壕の中で
藁(わら)を食べて生活していました。
※ 防空壕(ぼうくうごう)→人が住めるくらい深くて大きな「ほら穴」のこと。空襲や空爆を防ぐ穴。
新聞も昭和初期のころからありましたが、今のような凶悪犯罪は1件もありませんでした。
どんな分野でも少しでも知ろうとすることは大切だと僕は思います。いまからでも遅くありません。あなたも戦争と命の尊さに関心を持とう!
▼ 戦争に行きますか。それとも日本人やめますか。
→新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論(第1巻)
おすすめ度 ★★★★★
▲ 戦争の真実をあなたに!禁断の書。歴史のタブーに挑戦!マンガで表現されているので、活字が苦手な方でも楽に読めます。
戦争論は 第3弾まで出ています。他にも歴史の教科書には載っていない関連書籍がたくさん出版されています。あなたも今1度 戦争とは何か考えてみましょう!
著者の小林よしのりさんは「東大一直線」(週刊少年ジャンプ)や「おぼっちゃまくん」(月刊コロコロコミック)などヒット作多数。
・・・
幻の1stアルバム「ナミイ!」
▼ ジャケットと収録曲はこちらからどうぞ!

レコーディング風景がまた驚きです!


本当に83歳でしょうか!?元気な姿が印象的!
2003年12月15日より好評発売中!
≪収録曲≫
・「鷲ぬ鳥節」
・「安里屋ゆんた」
・「与那国小唄」
・「新港節」
・「老後の花」
・「十九の春」
・「ストトン節」
・「金色夜叉」
・「雨夜花」
・「サヨンの鐘」
・「チンライ節」
・「酋長の娘」
・「支那の夜」
・「満州想えば」
・「カチューシャの唄」
・「アリラン」
・「南洋浜千鳥」
・「デンサー節」
・「六調」
・「目出度節」
以上です。
取り扱っているお店は
なんと
1店舗のみ!(プレミア商品)
店舗名は
「オニガシマ商店」(聞いたことがありません)
ここまで来たら「ナミイおばあさん」の勢いは止まりません。
85歳にして
映画デビューまで果たしました!
映画「ナミイと唄えば!」の魅力は
ベルリン国際映画祭ベルリナー新聞賞受賞の「アレクセイと泉」で世界的に高く評価された本橋成一監督。
今度は歌うことしか知らない、石垣島のひとりの老婆にすっかりはまった、いや、はめられた?!
この物語の主人公は、
<歌がなければ生きられない>“ナミイ”こと新城浪。
9歳で那覇のお座敷に身売りされて以来、ナミイの人生はずっと歌と三線と共にあります。
お座敷で鍛えられたそのレパートリーは、島唄だけにとどまらず、明治・大正・昭和の歌謡、演歌に軍歌、なんでもござれの3000曲!
ひとたび一緒に唄ってみれば、あら不思議、誰もがみんなナミイの歌三線の世界に巻き込まれていきます。さあさ、あなたもいらっしゃい!
唄って、踊って、喜んで、ナミイの歌と旅の物語、はじまりはじまり!!
≪スタッフ≫
・監督 本橋成一
・企画・原作 姜信子
・製作 纐纈あや
・撮影 一之瀬正史
・VE 奥井義哉
・録音 弦巻裕
・スチール 明石雄介
・構成・演出 村本勝
・カラー/98分
≪映画についてのお問い合わせ≫
サスナフィルム Sosna Film
〒164-0003 東京都中野区東中野4-4-1-7F
Tel. 03-3227-1870 Fax. 03-3227-1406
Email:polepole@mac.email.ne.jp
http://www.ne.jp/asahi/polepole/times/
こちらからCDの注文や映画に関するお問い合わせができますよ!(^^)v
まさに
沖縄県石垣市内でしか
見ることも聴くこともできない
スーパープレミア アーティストです!
そして今日の朝刊には、こんな記事が!
>プロスキーヤーの三浦雄一郎さん(75)が、26日午前7時33分(日本時間同日午前10時48分)、世界最高峰のエベレスト(中国名チョモランマ、8848メートル)への2度目の登頂に成功した。
登頂時のコメントは「最高の気分」「若い方たちに希望や刺激を与えることができれば幸い」だそうです。
冒険家スキーヤーのパイオニアとして、年齢を重ねてもさまざまな挑戦を続ける姿には勇気付けられます。
最近だと伊達公子さんのプロテニス再挑戦の姿もとても感動いたしました。
10代・20代の頃はもっといろんなことに挑戦できるはずだと僕は想っています。とても励みになりました。
人間、最後まで生きていれば、これから先、何が起きるかわからないですよ。
自らを傷つけてはいけません。あなたの大切な命です。
日本の年間自殺者は
毎年3万人を越えています。
未遂者も含めると50万人を超えるのではないでしょうか。
昨日は元TBSアナウンサー、現フリーアナウンサーの川田亜子さん(29)が練炭による一酸化炭素中毒で車内で命を絶ちました。
自殺未遂にしても
・「リストカット」
・「オーバードーズ」
・「自虐行為」
・「自傷行為」
・「切断」
・「貫通」
・「飛び降り」
・「飛び込み」
・「首吊り」
・「練炭」
・「硫化水素」
新聞ざたにならないだけで件数はたくさんあるでしょう。
以前、とある女子高生がこんなことを言っていました。
「リスカをやり過ぎて傷が目立つから
半袖を着て外を歩けないわ。」
僕はとても悲しい気分になりました。
生きる意味を見失っているのでしたら、お笑い番組を見て爆笑しましょう!もしくは、【第1回目レコード大賞受賞曲】を聴きましょう!ライブに足を運ぶのもひとつの方法です。音楽ゲームでもきっと楽しい気分になれますよ!
僕のサイトで取り扱ってるのはマニアックなゲームばかりですが(^^;)
これからもいろんな楽曲を紹介していきますよ(^^)v
最後に
どうか「座右の銘」でもある
120(ヒャクハタチ)まで歌い続けてください!
今とても辛くて苦しい思いをしているあなたのもとへ届くように。はるか彼方まで。
時代は2008年度に入りました。
≪「ナミイおばあ」の近況≫
2008年2月3日に
「L'Arc〜en〜Ciel(ラルクアンシエル)」「X JAPAN」に続いて
88歳にして
なんと
世界進出を果たしました!
●ハワイお座敷ライブ「HONOLULU CHANPURUU NIGHT」
ハワイ現地でチケットが200枚売れてSOLD OUT!(売り切れ)だそうです。
おめでとうございます!ますますのご活躍を願っております。
メディアでは取り上げてくれないので、僕が取材した気分で、ナミイおばあさんを心を込めて特集しました。
※ 補足
≪三味線と三線の違い≫ フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
●三味線(しゃみせん)
>三味線を弾く女、喜多川歌麿画三味線(しゃみせん)は、日本の有棹弦楽器。もっぱらはじいて演奏される撥弦楽器である。四角状の扁平な木製の胴の両面に皮を張り、胴を貫通して伸びる棹に張られた弦を、通常、銀杏形の撥(ばち)で弾き演奏する。
●三線(さんしん)
>三線(さんしん)は三本の弦(糸)をもつ楽器(弦楽器、特に撥弦楽器に分類される)で、沖縄県および鹿児島県の奄美地方で広く使用されている。琉球三味線とも。 中国の三弦(サンシェン)を起源とするという。16世紀には堺に伝わり、三味線のもとになったといわれる。
▼ さまざまな公認の世界記録をあなたへ
→【最新版】ギネス世界記録〜2008年度版〜
おすすめ度 ★★★★
ピアノを休まずに長時間弾き続けた記録もありますよ!あなたの通っていた学校の図書室に分厚いギネスの本が置いてあった記憶がありませんでしょうか?そちらの最新版です。ナミイおばあさんも探しましたが・・・果たして!?
≪本日のおまけ画像(連載4回目)≫ 〜あなたの疲れた目の保養にどうぞ〜 ※クリック拡大

※ 文字ばかりなので写真を貼りました。シマリスの次は・・・貯食行動をしているエゾリスです!
▼ いつも応援ありがとう!!
・ブログランキング←Click!! あなたがお持ちのブログもぜひこちらに登録してみよう。お好きなカテゴリーが必ず見つかりますよ(^^)v こちらから他のピアノサイトにも遊びに行けます!!
学校に通っている方なら、必ず 学年文集や卒業アルバムに「将来の夢」という項目があったと思います。どんなことを書いたか覚えていますでしょうか?
さっそく見ていきましょう。
≪小さい頃に夢見た将来なりたい職業の上位は?≫
結果は ダントツで「歌手」は毎年TOP10に入るそうです。
今はカラオケ産業の発展に加え、練習場所もたくさんあり、録音面や環境面はとても恵まれているでしょう。
しかし
現実を見ると年齢面や世間体など挫折の要素がつきまとい、音楽業界の残酷ともいえる超氷河期に いつの間にか夢がすり変わってしまいます。
そんな悲観的な日常を吹き飛ばすような伝説の歌手がいました。
景色は、見渡す青空、すみわたる雲、綺麗な海、広大な自然。
そこは日本列島はるか南の島。
奇跡のおばあちゃんを発見しました!!
沖縄県石垣市内の住まいに貼ってあった1枚のポスター。
よ〜く見ると・・・

ポスター写真(クリックして拡大)↓ ※ 中央の方に注目!

≪座右の銘≫
・彼女の生き甲斐は唄って人を喜ばせること。
・さらには誰の頭の上にもいるという“カミサマ”を喜ばせること。
・唄って唄ってヒャクハタチまで生きること。
・・・
アーティストの公式サイトには
≪Biography(バイオグラフィ)≫というコンテンツが必ずあります。
「意味」
1、伝記・一代記
2、伝記文学
・でんき 【伝記】
(1)個人の生涯の事跡を書いた記録。
「偉人の―」
(2)記録されて伝えられているもの。記録。
例として
「TOY'S FACTORY(トイズファクトリー)」に所属する「BUMP OF CHICKEN(バンプオブチキン)」の伝記を簡単にまとめてみました。
千葉県佐倉市で中学3年生の時に
・藤原基央(ふじわら もとお)(Vo&G)
・増川弘明(ますかわ ひろあき)(G)
・直井由文(なおい よしふみ)(B)
・升 秀夫(ます ひでお)(Dr)
の4人で結成。
BUMP OF CHICKENというバンド名の意味は「弱者の反撃」。
「天体観測」を大ヒットさせ一躍全国の若者のカリスマ的存在に。
2002年2月にリリースされたメジャーファーストアルバム『jupiter』はオリコン初登場第1位を獲得。
同年夏、BUMP OF CHICKENの楽曲の世界観・メッセージをもとに制作されたドラマ「天体観測」(フジ・関西テレビ系)が放送され、劇中にて数多く彼等の楽曲が使用されました。
2003年3月、初の映画主題歌(ワンピース)楽曲となる「sailing day」をカップリングの「ロストマン」とともに両A面でリリース。
・・・
以下は 書くまでもなく現在のご活躍の通りです。
いっぽうで
≪「ナミイおばあ」の伝記「Biography」(バイオグラフィ)≫は
・1921年(大正10年) 石垣島新川に生まれる。
・1926年(6歳) 母、他界。
・1926年 従姉妹とともに那覇の辻の料亭に売られる。
・1935年 (15歳) おじに買い戻されて、父と継母のいるサイパンへ。沖縄からやってきた劇団の役者と恋に落ち、家を出る。
・1941年 (21歳) 同じ石垣島出身の男性と見合い結婚して台湾へ。夫が出征し、台北郊外の北投温泉で芸妓として働く。
・1946年 宮古島経由の引き揚げ船で石垣島に帰る。
・1947年〜1956年 結婚を解消。家族を養うため、料亭で三線を弾き始める。客で来た博労の男性、太郎と出会い、断りきれずに二号さんに。その後、1950年代初め、密貿易でにぎわう与那国島へ。
・1957年 (37歳) 長女誕生。娘さんを連れて那覇に移る。最初は小さな飲み屋の三線弾き、やがて引き抜かれて、国場幸太郎の義母が経営する「松花亭」で働く。
・1961年頃 (41歳頃) 大道の上地シゲさんの家に間借りし、料亭で働きはじめる。この頃、山里勇吉、大浜安伴といった八重山民謡の名手たちと交流。
・1970年代初め この頃、病気になった本妻さんを自宅に引き取り看病。最後は看取る。
・1977年頃 (57歳頃) 病床の太郎のたっての希望で石垣島へ。(十年近く寝たきりの太郎の看病)美崎町のスナックで働き、その後、自らもスナック経営。その後は、民謡酒場で唄三線のアルバイト。
・1990年頃 (70歳頃) デイケアセンターや民謡酒場で遊ぶ老後に突入。
・2002年 (82歳) 姜信子と大田静男と出会い、以降「老後の花」人生を驀進中。
・2003年12月 石垣島にて初独演会。CDデビュー。
・2004年4月(85歳) 自分を主人公としたドキュメンタリー映画の撮影が始まる。
・・・
あなたはこの記録を読んでどう感じましたでしょうか?
尊敬するところは、
「ナミイおばあ」はどんな過去があろうとも、つねに前向きに
笑顔を絶やさず
全力で今を生きていること
とても辛い半生だったと思いますが、決して
自分の過去や苦労話に興味はないところです。
初めての独演会を生まれ島の石垣島で行なったのは83歳のこと。
独演会(どくえんかい)とは、今でいうワンマンライブ。
どう考えても
波乱万丈の人生としかいいようがありません!誰もマネできません。
偶然にも同じ大正10年生まれの祖母がいますが、
・年齢からくる老眼(目が見えなくなる)
・肩や膝や腰の痛み(遠くに出かけたくなくなる)
・難聴(耳が聞こえにくい)
・平均寿命を超えているという死との恐怖(いつ死ぬのかわからない)
最後に「1番つらいこと」として教えてくれたのが、
・近所の仲間や友人の死
(昔からの付き合いだった友人が亡くなると自分も早く死にたいと思うそうです)
「長生きしましょう!」とはよく言いますが、現実問題として長生きしたら したで、周りに誰もいなくなって孤独死してしまう人もいるのです。
それだけ周囲の環境や支えが大切なのです!
そんな不安や寂しさや絶望と常に闘いながら生きていますが、それでも決して自殺なんてしません!
なぜなら
戦争を体験して
命の大切さを知っているからです!!
飢えた貧しい生活をして、
家族や友人を失い、血も涙も枯れ果て
爆弾やミサイルが落とされる中、
身を守るために防空壕の中で
藁(わら)を食べて生活していました。
※ 防空壕(ぼうくうごう)→人が住めるくらい深くて大きな「ほら穴」のこと。空襲や空爆を防ぐ穴。
新聞も昭和初期のころからありましたが、今のような凶悪犯罪は1件もありませんでした。
どんな分野でも少しでも知ろうとすることは大切だと僕は思います。いまからでも遅くありません。あなたも戦争と命の尊さに関心を持とう!
▼ 戦争に行きますか。それとも日本人やめますか。
→新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論(第1巻)おすすめ度 ★★★★★
▲ 戦争の真実をあなたに!禁断の書。歴史のタブーに挑戦!マンガで表現されているので、活字が苦手な方でも楽に読めます。
戦争論は 第3弾まで出ています。他にも歴史の教科書には載っていない関連書籍がたくさん出版されています。あなたも今1度 戦争とは何か考えてみましょう!
著者の小林よしのりさんは「東大一直線」(週刊少年ジャンプ)や「おぼっちゃまくん」(月刊コロコロコミック)などヒット作多数。
・・・
幻の1stアルバム「ナミイ!」
▼ ジャケットと収録曲はこちらからどうぞ!

レコーディング風景がまた驚きです!


本当に83歳でしょうか!?元気な姿が印象的!
2003年12月15日より好評発売中!
≪収録曲≫
・「鷲ぬ鳥節」
・「安里屋ゆんた」
・「与那国小唄」
・「新港節」
・「老後の花」
・「十九の春」
・「ストトン節」
・「金色夜叉」
・「雨夜花」
・「サヨンの鐘」
・「チンライ節」
・「酋長の娘」
・「支那の夜」
・「満州想えば」
・「カチューシャの唄」
・「アリラン」
・「南洋浜千鳥」
・「デンサー節」
・「六調」
・「目出度節」
以上です。
取り扱っているお店は
なんと
1店舗のみ!(プレミア商品)
店舗名は
「オニガシマ商店」(聞いたことがありません)
ここまで来たら「ナミイおばあさん」の勢いは止まりません。
85歳にして
映画デビューまで果たしました!
映画「ナミイと唄えば!」の魅力は
ベルリン国際映画祭ベルリナー新聞賞受賞の「アレクセイと泉」で世界的に高く評価された本橋成一監督。
今度は歌うことしか知らない、石垣島のひとりの老婆にすっかりはまった、いや、はめられた?!
この物語の主人公は、
<歌がなければ生きられない>“ナミイ”こと新城浪。
9歳で那覇のお座敷に身売りされて以来、ナミイの人生はずっと歌と三線と共にあります。
お座敷で鍛えられたそのレパートリーは、島唄だけにとどまらず、明治・大正・昭和の歌謡、演歌に軍歌、なんでもござれの3000曲!
ひとたび一緒に唄ってみれば、あら不思議、誰もがみんなナミイの歌三線の世界に巻き込まれていきます。さあさ、あなたもいらっしゃい!
唄って、踊って、喜んで、ナミイの歌と旅の物語、はじまりはじまり!!
≪スタッフ≫
・監督 本橋成一
・企画・原作 姜信子
・製作 纐纈あや
・撮影 一之瀬正史
・VE 奥井義哉
・録音 弦巻裕
・スチール 明石雄介
・構成・演出 村本勝
・カラー/98分
≪映画についてのお問い合わせ≫
サスナフィルム Sosna Film
〒164-0003 東京都中野区東中野4-4-1-7F
Tel. 03-3227-1870 Fax. 03-3227-1406
Email:polepole@mac.email.ne.jp
http://www.ne.jp/asahi/polepole/times/
こちらからCDの注文や映画に関するお問い合わせができますよ!(^^)v
まさに
沖縄県石垣市内でしか
見ることも聴くこともできない
スーパープレミア アーティストです!
そして今日の朝刊には、こんな記事が!
>プロスキーヤーの三浦雄一郎さん(75)が、26日午前7時33分(日本時間同日午前10時48分)、世界最高峰のエベレスト(中国名チョモランマ、8848メートル)への2度目の登頂に成功した。
登頂時のコメントは「最高の気分」「若い方たちに希望や刺激を与えることができれば幸い」だそうです。
冒険家スキーヤーのパイオニアとして、年齢を重ねてもさまざまな挑戦を続ける姿には勇気付けられます。
最近だと伊達公子さんのプロテニス再挑戦の姿もとても感動いたしました。
10代・20代の頃はもっといろんなことに挑戦できるはずだと僕は想っています。とても励みになりました。
人間、最後まで生きていれば、これから先、何が起きるかわからないですよ。
自らを傷つけてはいけません。あなたの大切な命です。
日本の年間自殺者は
毎年3万人を越えています。
未遂者も含めると50万人を超えるのではないでしょうか。
昨日は元TBSアナウンサー、現フリーアナウンサーの川田亜子さん(29)が練炭による一酸化炭素中毒で車内で命を絶ちました。
自殺未遂にしても
・「リストカット」
・「オーバードーズ」
・「自虐行為」
・「自傷行為」
・「切断」
・「貫通」
・「飛び降り」
・「飛び込み」
・「首吊り」
・「練炭」
・「硫化水素」
新聞ざたにならないだけで件数はたくさんあるでしょう。
以前、とある女子高生がこんなことを言っていました。
「リスカをやり過ぎて傷が目立つから
半袖を着て外を歩けないわ。」
僕はとても悲しい気分になりました。
生きる意味を見失っているのでしたら、お笑い番組を見て爆笑しましょう!もしくは、【第1回目レコード大賞受賞曲】を聴きましょう!ライブに足を運ぶのもひとつの方法です。音楽ゲームでもきっと楽しい気分になれますよ!
僕のサイトで取り扱ってるのはマニアックなゲームばかりですが(^^;)
これからもいろんな楽曲を紹介していきますよ(^^)v
最後に
どうか「座右の銘」でもある
120(ヒャクハタチ)まで歌い続けてください!
今とても辛くて苦しい思いをしているあなたのもとへ届くように。はるか彼方まで。
時代は2008年度に入りました。
≪「ナミイおばあ」の近況≫
2008年2月3日に
「L'Arc〜en〜Ciel(ラルクアンシエル)」「X JAPAN」に続いて
88歳にして
なんと
世界進出を果たしました!
●ハワイお座敷ライブ「HONOLULU CHANPURUU NIGHT」
ハワイ現地でチケットが200枚売れてSOLD OUT!(売り切れ)だそうです。
おめでとうございます!ますますのご活躍を願っております。
メディアでは取り上げてくれないので、僕が取材した気分で、ナミイおばあさんを心を込めて特集しました。
-【完】-
※ 補足
≪三味線と三線の違い≫ フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
●三味線(しゃみせん)
>三味線を弾く女、喜多川歌麿画三味線(しゃみせん)は、日本の有棹弦楽器。もっぱらはじいて演奏される撥弦楽器である。四角状の扁平な木製の胴の両面に皮を張り、胴を貫通して伸びる棹に張られた弦を、通常、銀杏形の撥(ばち)で弾き演奏する。
●三線(さんしん)
>三線(さんしん)は三本の弦(糸)をもつ楽器(弦楽器、特に撥弦楽器に分類される)で、沖縄県および鹿児島県の奄美地方で広く使用されている。琉球三味線とも。 中国の三弦(サンシェン)を起源とするという。16世紀には堺に伝わり、三味線のもとになったといわれる。
▼ さまざまな公認の世界記録をあなたへ
→【最新版】ギネス世界記録〜2008年度版〜おすすめ度 ★★★★
ピアノを休まずに長時間弾き続けた記録もありますよ!あなたの通っていた学校の図書室に分厚いギネスの本が置いてあった記憶がありませんでしょうか?そちらの最新版です。ナミイおばあさんも探しましたが・・・果たして!?
≪本日のおまけ画像(連載4回目)≫ 〜あなたの疲れた目の保養にどうぞ〜 ※クリック拡大

※ 文字ばかりなので写真を貼りました。シマリスの次は・・・貯食行動をしているエゾリスです!
▼ いつも応援ありがとう!!
・ブログランキング←Click!! あなたがお持ちのブログもぜひこちらに登録してみよう。お好きなカテゴリーが必ず見つかりますよ(^^)v こちらから他のピアノサイトにも遊びに行けます!!







