■ 01 【ソナチネアルバム1】 1ページ目の解説
難易度を見ると、全くの初心者の方がピアノをはじめてからソナチネレベルまで到達するのに期間として5年以上はかかるのではないでしょうか。
■ 【画像】
ソナチネ・アルバム1
緑の教則本シリーズもここまできたあなたは自分自身を誇りに思っていいと思います。
【ソナチネアルバム】の種類は「1」と「2」で全部。レッスン生に扱う教材としては、慎重に進めていきたいところでもあります。すべて終わらせるのに2年以上はかかるでしょう。
それでは中身に入ります。
【zen-on piano library SONATINEN ALBUM1】
〜ソナチネ アルバム1〜
▼ 作曲家と〔〕内の産まれた国に注目。
≪作曲家略伝≫
●フリードリヒ・クラーク〔ドイツデンマーク〕
>1786年ユルツェンに生まれ、1832年リングビェ(コンペハーゲン近傍)にて死す。ハンブルグでシュベンケに和声を学び、1813年王室官弦学部のフルート奏者となり、デンマーク語のオペラを書いた。
>1818年宮廷作曲家に任命され、1828年には「教授」の称号を受けた。
>作品は多く、特にソナチネは初歩の教材として、今日でも必ず用いられているものの一つである。
●ムチオ・クレメンティ〔イタリア〕
>1752年ローマに生まれ、1832年イブシャムで死す。幼時よりピアノをブローニに学び、またコルディチェルリにオルガンと理論を学び、9歳にしてすでにオルガニストとしての地位を得たほどの域に達した。
>1766年英人ベックフォードに認められ渡米、その他でピアノ及び作曲を学び、1700年ロンドンでの公開演奏会に成功、1773年にはOp.2の三つのピアノ・ソナタをハイドンに献呈した。1777年〜88年にはロンドンのイタリア歌劇のチェンバロ指揮者となり、1781年から各地で演奏旅行を行い、ウィーンではモーツァルトの好敵手として比肩された。
>以後ロンドンに引退し、ピアノ製造演奏会及び出版社を経営、そのからわら門下からクラーマー、モツェレス、カルクブレンナー等の有能な弟子を輩出した。作品としては交響曲、序曲、ピアノ・ソナタなど多く残されている。
●ヨーゼフ・ハイドン〔オーストリア〕
>1732年ローラウに生まれ、1809年ウィーンにて死す。彼は貧しい家庭に生まれ作曲法の基礎など独学で修めた。
>彼はウィーンで始めて弦楽四重奏曲を試み、次いで交響曲、嬉遊曲など数多く作り、作曲家として認められた。ハイドンは、バッハやマンハイム楽派などの一時期をうけ、モーツァルトやベートーベンと共にウィーン古典派の黄金時代を築きあげ、器楽作曲法において若い二人に多くの影響を与えた。
>彼の最大の功績は、古典派時代の器楽音楽の完全な形成方を確立したことであり、もっぱら自分の音楽の表現という内面的な必要から、ソナタ形式を器楽的思考の古典的典型にまで高めたのである。
>また彼のピアノ作品は、ほとんどクラビコードのために書かれたものである。
●ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト〔オーストラリア〕
>1756年ザルツブルグに生まれ1791年ウィーンにて死す。これはザルツブルグ選帝候宮廷オーケストラのバイオリニスト、レオポルトの子として生まれた。
>彼は様々なスタイルを身につけそれを巧みに消化し、自己の手中に収めうる天才的な能力をもっており、ハイドンと同様に古典的な均整間を中心としながら、時として陰惨な旋律による苦悩の表現や悪魔的な唐突な変化をはかり、あるいは音階的和声によってロマンチックな変異をみせている。
>このような多様性、非合理性が彼の作曲に大きな要素となっているといえよう。彼のソナタは、ドイツ音楽の深刻なきびしい性格と美しい肉感的なイタリアふうの旋律とが融合され構成されており、優しさと、もの哀しさとが貴族的な上情感に結びつけられている。
●ルードウィヒ・ファン・ベートーベン〔ドイツ〕
>1770年ボンに生まれ、1827年ウィーンに死す。選帝侯礼拝堂のテナー歌手の息子として生まれた彼は、早くからきびしい音楽教育を父より受け、音才を現した。1779年からネーフェとリースに作曲並に演奏技術を教えられたが、これは人間的にも彼に大きな影響を与えた。
>それは民族的国民音楽ではなく、普遍的人間的なもので、バッハと共にきわめてゲルマン的ドイツ的なものである。彼は耳病の悪化とともに、周囲に対して矯激な態度をとり、独自的になったが、また深求的な人で、およぶかぎりの音楽を研究し自分の中に取りいれた。
>彼の作品は、九つの交響曲をはいめ、歌劇、ピアノ協奏曲、ピアノ・ソナタ、弦楽四重奏曲、ピアノ三十奏曲、バイオリン曲、サミ曲などで作品のすべては一般に彼以前の作曲家が完成した客観的な美の表現から一歩進んで個性を現し、主観的要素を多分に含んだ内容のものを創造したものである。
>また遺作の中から発見されたソナチネは少年時代のボンにおける作品である。
●ヤン・ドゥセック〔ボヘミア〕
>1760年チャスラウに生まれ、1812年サン・ジェルマン・アイ。レイ(パリ近傍)にて死す。幼時よりピアノとオルガンを学び、オルガニストとなる。
>1782年アムステルダムでピアニストとして成功を収め、ハンブルグでエマヌエル・バッハに学び、1784年ベルリンでピアノ演奏者としての地位を固め、ドイツ各地で演奏、その後ロシア、フランス、イタリアに楽旅、1790年革命のパリを避けロンドンに住む。
>その後ロシア宮廷音楽家となり、晩年はパリで活躍した。彼はピアノ演奏史上最初の名演奏家の一人で、のちのピアノ音楽隆盛の基礎を築いた。
●アントニオ・ディアベリ〔オーストリア〕
>1781年ザルツブルグで生まれ、1858年ウィーンにて死す。彼ははじめ牧師としての勉強をするかたわらミハエル・ハイドンに音楽教育を受けた。
>1803年教師及び作曲家としてウィーンに住んだ。1824年には音楽出版をはじめ、ベートーベン、ツェルニー、ランナー、シューベルト等の作品を出版した。
>また、作品もいくつか作っているが、特に彼のワルツを主題とした「33の変奏曲」によって一そう有名である。また2巻にあるソナチネは、今日もなお愛奏されている作品の一つせある。
(全音出版部より)
・・・
以上で全部です。
さっそくですが、
ピアノやギターに使われるコードを創り出し、生まれた国はどこでしたでしょうか?
アメリカです!
古典楽曲の作曲者達にアメリカ人がいないのはどうしてでしょうか?
答えは
【戦争】
西洋音楽を生んだ国達とアメリカなどの欧米諸国達は争っていたのです!
西洋音楽が生まれ発展したのは、1ページ目の解説を読むと1700年代から1800年代。
第1次世界大戦が行われていたのは、1900年代初頭。
1900年代初期から中期の音楽について触れている
日本の教科書や日本の大手音楽会社はありますか?
天皇陛下の命令で、人を殺すことが良いことなのか悪いことなのか わからずに、占領しようと他国を攻め込んだ日本は戦争に負けました。
最終的な日本列島の領域の小ささは世界地図を見れば明らか。
それぞれの国達が「みんなで仲良くしていきましょう!大量の犠牲者が出てしまう戦争は辞めましょう!」と手と手をつなごうとした中で、
日本だけがポツダム宣言ていけつを唯一拒否した国でもあります。
このような理由から
日本の教科書にコードやアメリカ音楽の歴史について書いていません。そしてついに原子爆弾も落とされてしまいました。
・・・いや 書ける訳がありません。いまでもそうですが、戦争に負けた日本はアメリカの奴隷なのです。すべての言いなりで、逆らうことができません。
戦争が行われた毎日の中で、自分が殺されるかもしれないという恐怖と戦いながら、アメリカ人達は、酒場に置いてある音の外れた古びたピアノを弾き続けたといいます。
そんな環境の中で産まれたのが、コード和音であり【ブルーノート】といわれるスケールでもあります。
ブルーノートは「C」のキーでいうと
Cメジャースケール(音階)から3番目と5番目と7番目を半音下げます。
どうしてかというと、アメリカ人達はピアノ調律ができない中で弾いていたので、古びたピアノは最初からピアノの音程が半音ズレていたのです。
「戦争」という飢餓や恐怖心と戦っていた中で「ブルーノート」といわれる、悲しげな音階が産まれました。
01 ド
02 レ
03 ミ♭
04 ファ
05 ソ♭
06 ラ
07 シ♭
08 ド
ゲーム音楽でたとえるのなら、
【ドラクエ】だと 酒場やカジノで流れるBGMは、ブルースやジャズっぽい音楽(スリーコード)の曲が流れていませんか? 他のRPGも街の酒場ではアメリカ文化を意識した曲が流れています。
僕は傷つくことを覚悟の上でコードの真実を書きました。
緑の教則本に
このようなことが書いてありますか?
書いていません。いや書けないのです。・・・書く勇気がないのです。
こども達がピアノを習うときは「戦争」の中から生まれたコードやスケールを学ぶと同時に
【命の大切さ】も学んでいってほしいのです。
そうなると もっと指導者達が
しっかりしなければいけないのです!
ピアノを楽しく弾くことの裏側には、悲惨な真実が隠されているのです!
悲しみの中で生まれたコードやスケールを大切に。
そう自分に言い聞かせましょう。僕自身にもあなた自身にも。
【最後に】
▼ ソネチネアルバム教則本と併用すると効果的!!曲調を聴いてみよう!!
→ソナチネ・アルバム1(クラシックサウンドトラック)全曲収録
おすすめ度 ★★★
題材の曲調があなた好みかどうかもピアノ教則本選びの重要ポイントでしょう。歴史はあるけれど、新鮮味に欠けるというのが僕の感想です。耳で聞いてから練習すると、弾けるようになる速度が2倍以上になりますよ(^^)v 僕がそうでしたから。あなたもいますぐ聴いてみましょう!!
難易度を見ると、全くの初心者の方がピアノをはじめてからソナチネレベルまで到達するのに期間として5年以上はかかるのではないでしょうか。
■ 【画像】
緑の教則本シリーズもここまできたあなたは自分自身を誇りに思っていいと思います。
【ソナチネアルバム】の種類は「1」と「2」で全部。レッスン生に扱う教材としては、慎重に進めていきたいところでもあります。すべて終わらせるのに2年以上はかかるでしょう。
それでは中身に入ります。
【zen-on piano library SONATINEN ALBUM1】
〜ソナチネ アルバム1〜
▼ 作曲家と〔〕内の産まれた国に注目。
≪作曲家略伝≫
●フリードリヒ・クラーク〔ドイツデンマーク〕
>1786年ユルツェンに生まれ、1832年リングビェ(コンペハーゲン近傍)にて死す。ハンブルグでシュベンケに和声を学び、1813年王室官弦学部のフルート奏者となり、デンマーク語のオペラを書いた。
>1818年宮廷作曲家に任命され、1828年には「教授」の称号を受けた。
>作品は多く、特にソナチネは初歩の教材として、今日でも必ず用いられているものの一つである。
●ムチオ・クレメンティ〔イタリア〕
>1752年ローマに生まれ、1832年イブシャムで死す。幼時よりピアノをブローニに学び、またコルディチェルリにオルガンと理論を学び、9歳にしてすでにオルガニストとしての地位を得たほどの域に達した。
>1766年英人ベックフォードに認められ渡米、その他でピアノ及び作曲を学び、1700年ロンドンでの公開演奏会に成功、1773年にはOp.2の三つのピアノ・ソナタをハイドンに献呈した。1777年〜88年にはロンドンのイタリア歌劇のチェンバロ指揮者となり、1781年から各地で演奏旅行を行い、ウィーンではモーツァルトの好敵手として比肩された。
>以後ロンドンに引退し、ピアノ製造演奏会及び出版社を経営、そのからわら門下からクラーマー、モツェレス、カルクブレンナー等の有能な弟子を輩出した。作品としては交響曲、序曲、ピアノ・ソナタなど多く残されている。
●ヨーゼフ・ハイドン〔オーストリア〕
>1732年ローラウに生まれ、1809年ウィーンにて死す。彼は貧しい家庭に生まれ作曲法の基礎など独学で修めた。
>彼はウィーンで始めて弦楽四重奏曲を試み、次いで交響曲、嬉遊曲など数多く作り、作曲家として認められた。ハイドンは、バッハやマンハイム楽派などの一時期をうけ、モーツァルトやベートーベンと共にウィーン古典派の黄金時代を築きあげ、器楽作曲法において若い二人に多くの影響を与えた。
>彼の最大の功績は、古典派時代の器楽音楽の完全な形成方を確立したことであり、もっぱら自分の音楽の表現という内面的な必要から、ソナタ形式を器楽的思考の古典的典型にまで高めたのである。
>また彼のピアノ作品は、ほとんどクラビコードのために書かれたものである。
●ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト〔オーストラリア〕
>1756年ザルツブルグに生まれ1791年ウィーンにて死す。これはザルツブルグ選帝候宮廷オーケストラのバイオリニスト、レオポルトの子として生まれた。
>彼は様々なスタイルを身につけそれを巧みに消化し、自己の手中に収めうる天才的な能力をもっており、ハイドンと同様に古典的な均整間を中心としながら、時として陰惨な旋律による苦悩の表現や悪魔的な唐突な変化をはかり、あるいは音階的和声によってロマンチックな変異をみせている。
>このような多様性、非合理性が彼の作曲に大きな要素となっているといえよう。彼のソナタは、ドイツ音楽の深刻なきびしい性格と美しい肉感的なイタリアふうの旋律とが融合され構成されており、優しさと、もの哀しさとが貴族的な上情感に結びつけられている。
●ルードウィヒ・ファン・ベートーベン〔ドイツ〕
>1770年ボンに生まれ、1827年ウィーンに死す。選帝侯礼拝堂のテナー歌手の息子として生まれた彼は、早くからきびしい音楽教育を父より受け、音才を現した。1779年からネーフェとリースに作曲並に演奏技術を教えられたが、これは人間的にも彼に大きな影響を与えた。
>それは民族的国民音楽ではなく、普遍的人間的なもので、バッハと共にきわめてゲルマン的ドイツ的なものである。彼は耳病の悪化とともに、周囲に対して矯激な態度をとり、独自的になったが、また深求的な人で、およぶかぎりの音楽を研究し自分の中に取りいれた。
>彼の作品は、九つの交響曲をはいめ、歌劇、ピアノ協奏曲、ピアノ・ソナタ、弦楽四重奏曲、ピアノ三十奏曲、バイオリン曲、サミ曲などで作品のすべては一般に彼以前の作曲家が完成した客観的な美の表現から一歩進んで個性を現し、主観的要素を多分に含んだ内容のものを創造したものである。
>また遺作の中から発見されたソナチネは少年時代のボンにおける作品である。
●ヤン・ドゥセック〔ボヘミア〕
>1760年チャスラウに生まれ、1812年サン・ジェルマン・アイ。レイ(パリ近傍)にて死す。幼時よりピアノとオルガンを学び、オルガニストとなる。
>1782年アムステルダムでピアニストとして成功を収め、ハンブルグでエマヌエル・バッハに学び、1784年ベルリンでピアノ演奏者としての地位を固め、ドイツ各地で演奏、その後ロシア、フランス、イタリアに楽旅、1790年革命のパリを避けロンドンに住む。
>その後ロシア宮廷音楽家となり、晩年はパリで活躍した。彼はピアノ演奏史上最初の名演奏家の一人で、のちのピアノ音楽隆盛の基礎を築いた。
●アントニオ・ディアベリ〔オーストリア〕
>1781年ザルツブルグで生まれ、1858年ウィーンにて死す。彼ははじめ牧師としての勉強をするかたわらミハエル・ハイドンに音楽教育を受けた。
>1803年教師及び作曲家としてウィーンに住んだ。1824年には音楽出版をはじめ、ベートーベン、ツェルニー、ランナー、シューベルト等の作品を出版した。
>また、作品もいくつか作っているが、特に彼のワルツを主題とした「33の変奏曲」によって一そう有名である。また2巻にあるソナチネは、今日もなお愛奏されている作品の一つせある。
(全音出版部より)
・・・
以上で全部です。
さっそくですが、
ピアノやギターに使われるコードを創り出し、生まれた国はどこでしたでしょうか?
アメリカです!
古典楽曲の作曲者達にアメリカ人がいないのはどうしてでしょうか?
答えは
【戦争】
西洋音楽を生んだ国達とアメリカなどの欧米諸国達は争っていたのです!
西洋音楽が生まれ発展したのは、1ページ目の解説を読むと1700年代から1800年代。
第1次世界大戦が行われていたのは、1900年代初頭。
1900年代初期から中期の音楽について触れている
日本の教科書や日本の大手音楽会社はありますか?
天皇陛下の命令で、人を殺すことが良いことなのか悪いことなのか わからずに、占領しようと他国を攻め込んだ日本は戦争に負けました。
最終的な日本列島の領域の小ささは世界地図を見れば明らか。
それぞれの国達が「みんなで仲良くしていきましょう!大量の犠牲者が出てしまう戦争は辞めましょう!」と手と手をつなごうとした中で、
日本だけがポツダム宣言ていけつを唯一拒否した国でもあります。
このような理由から
日本の教科書にコードやアメリカ音楽の歴史について書いていません。そしてついに原子爆弾も落とされてしまいました。
・・・いや 書ける訳がありません。いまでもそうですが、戦争に負けた日本はアメリカの奴隷なのです。すべての言いなりで、逆らうことができません。
戦争が行われた毎日の中で、自分が殺されるかもしれないという恐怖と戦いながら、アメリカ人達は、酒場に置いてある音の外れた古びたピアノを弾き続けたといいます。
そんな環境の中で産まれたのが、コード和音であり【ブルーノート】といわれるスケールでもあります。
ブルーノートは「C」のキーでいうと
Cメジャースケール(音階)から3番目と5番目と7番目を半音下げます。
どうしてかというと、アメリカ人達はピアノ調律ができない中で弾いていたので、古びたピアノは最初からピアノの音程が半音ズレていたのです。
「戦争」という飢餓や恐怖心と戦っていた中で「ブルーノート」といわれる、悲しげな音階が産まれました。
01 ド
02 レ
03 ミ♭
04 ファ
05 ソ♭
06 ラ
07 シ♭
08 ド
ゲーム音楽でたとえるのなら、
【ドラクエ】だと 酒場やカジノで流れるBGMは、ブルースやジャズっぽい音楽(スリーコード)の曲が流れていませんか? 他のRPGも街の酒場ではアメリカ文化を意識した曲が流れています。
僕は傷つくことを覚悟の上でコードの真実を書きました。
緑の教則本に
このようなことが書いてありますか?
書いていません。いや書けないのです。・・・書く勇気がないのです。
こども達がピアノを習うときは「戦争」の中から生まれたコードやスケールを学ぶと同時に
【命の大切さ】も学んでいってほしいのです。
そうなると もっと指導者達が
しっかりしなければいけないのです!
ピアノを楽しく弾くことの裏側には、悲惨な真実が隠されているのです!
悲しみの中で生まれたコードやスケールを大切に。
そう自分に言い聞かせましょう。僕自身にもあなた自身にも。
【最後に】
▼ ソネチネアルバム教則本と併用すると効果的!!曲調を聴いてみよう!!
おすすめ度 ★★★
題材の曲調があなた好みかどうかもピアノ教則本選びの重要ポイントでしょう。歴史はあるけれど、新鮮味に欠けるというのが僕の感想です。耳で聞いてから練習すると、弾けるようになる速度が2倍以上になりますよ(^^)v 僕がそうでしたから。あなたもいますぐ聴いてみましょう!!







